2015/03/23

微小偽甲虫

採集したつもりのヒメマキムシ類を実体顕微鏡でのぞいてみると、いつの間にやらチャタテムシになっていることが相次いで地味に落ち込んでいる。
どうやら甲虫に似るというのは、チャタテムシ類のなかにある一つの方向性らしく、「beetle-like psocid」で画像検索してみると、うひゃーって感じのチャタテムシがでてきたりする。

チャタテムシがイヤなのは、ほとんどの種が乾燥標本にしにくい点である。
何をどうしようが、やわやわ、へなへな、しなしなで、やりにくいったらない。
手軽なフリーズドライ標本作成法とか、有機溶媒かなにかで体内の水分を置換する安全な方法の開発が待ち望まれる。
いまのところ、生存時の体型のよすがとできる記録方法は写真しかないだろう。




よどみなくダッシュ歩きするツヤコチャタテ Lepinotus reticulatus 雌成虫の写真を撮影してみた。
東大阪市の民家で、家庭菜園の隅にあったワラから採集。


あまり、よい写真は撮れなかった。


前翅がすぐもげる。

雄は未知。それどころか雌に貯精のうがないらしい。
ヒラタチャタテみたいに、どこでも容易に増殖できるってわけでもなさそうなのに、広く分布できているのが不思議。

2015/03/17

異物検査者に付いていた異物

異物検査をしているときに、自分の指の先に扁平な白いフケみたいなモノがくっついているのに気がついた。
シャーレの隅に落としてみると目がある・・・。なにかの死骸みたい。



プレパラートにしてみると、はなはだしくヘンチクリンなヤツだった。長さ約0.7mm。

同僚がすったもんだいいながら調べてくれて、ケアブラムシの一種 Periphyllus sp. の幼虫と分かった。キモかわいい。
ツメダニの一種にも、こんな扇状毛に被われているのがいるけれど、こういう形状の毛はいったいどのような働きがあるのだろう。

たぶん、通勤途中でくっついたのだろう。異物ってこんな風に、縁もゆかりもない者同士が偶然出会っているということが相当の割合を占めていると思う。

ていうか、ナゾの宇宙から寄生体にやられているワシはどうなるとかなんとかいいながら妙なムシに気をとられてしまい、大変仕事が遅れた。まったくもって各方面に申し訳ない。

2015/03/15

タカラダニこもごも

市街地でのアナタカラダニ属Balaustium を別にしても、野外を歩き回ればタカラダニ類 (Erythraeidae) の成虫と結構出会うことができる。
タカラダニは種数も多く研究途上の分類群なので、以前はまったく手に負えない存在だったけれど、日本産土壌動物(1999)のおかげで、成虫でも属あたりまでなら見当がつくようになってきた。

分布や生態などの情報のほうは、あいも変わらず少ない状況が続いている。
昆虫なら全国各地の最新情報を集める手段もあるが、野外のダニとなると皆目見当さえ付かない。
もしも「月刊だに」なんて雑誌があって、「特集!クモタカラダニ」とか、「大阪府初記録の○○タカラダニを採集」なんて記事でも読めたならば、どんなに喜ばしいことだろう。



Acleris氏から、ゴミツケタカラダニの一種Caeculisoma sp.の成虫を頂いた。神戸市で、今年1月に採集した腐葉土で見つけたとのこと。性別不明だがおそらく雌で、体長約2.0mm。



タカラダニ科のコブタカラダニ亜科Callidosomatinaeに含まれるダニで、タカラダニらしからぬ薄汚れた黄褐色をしている。
触肢は小さく直線状で、爪が目立たず、先端節が強く下向きになっていないこと、脚の脛節にあるコブなどがゴミツケタカラダニ属の特徴とされている。

コブタカラダニ属Callidosomaも、脚の脛節にコブがあるけれど、触肢が大きくダッコちゃんの腕のように下方に強く曲がっている点などが違う。



目の下側の後部感覚域が鼻みたいで顔のよう。ウチの近所にこんな感じのワンコがいる。


第4脚脛節の一対のコブ







刺されることは無いだろうけど、コイツが本気出したら痛そう。



日本ダニ類図鑑(1980)のコブタカラダニ Caeculisoma infernaleと外観はそっくりだが、近縁種との区別点がわからない。このダニの和名は、コブタカラダニ属Callidosomaとかぶっていて戸惑う。
驚くべきことに、C.  infernaleのタイプ標本写真はネットで閲覧可能で、体長約1.2mmとかなり小型、胴長と第I脚の長さの比や、胴背後縁の毛の長さなどで、神戸市産ゴミツケタカラダニと違いがみられた。

タイプ標本→ http://www.biologie.uni-ulm.de/cgi-bin/query_all/details.pl?id=98210&stufe=7&typ=ZOO#herb96895


ACARORUM CATALOGUS  I (2008)では、世界のタカラダニ科の学名や分布などがまとめられているが、Caeculisomaについては日本の記録が載っていない。
それどころか、日本語サイトでは頻出するBalaustium murorumでさえ分布に日本が含まれていない。
このカタログは、日本産野生生物目録(1993)で漏れているような種までカバーしているので悩むところ。そういえば、日本のmurorumについては、Makol(2010)もなぜか触れていなかった。


Makol, J. 2010: A redescription of Balaustium murorum (Hermann, 1804) (Acari: Prostigmata: Erythraeidae) with notes on related taxa. Annales zoologici, 60(3): 439-454.


2015/03/08

崖の下の微小カメムシ


海辺の昆虫採集というのは良い。

打ち上げられているゴミの間を、骨を埋めたところを忘れた老犬のごとく這いずりまわったり、壁に向かって独白しているイタイ人のごとく岩壁に顔を近づけて立っていても、何をしようが周囲への気兼ねってもんがいらない。

例によって仕事の途中の休憩時間に、兵庫県南部のお気に入りの海岸で、ケシミズカメムシの一種をもう一度狙ってみることにした。暖かくなってから採集すれば、苦労せずに済みそうなのだが、海辺の仕事は寒い時期だけしかない。



淡水が絶えず染み出てくる海蝕崖で、草の根元あたりから結局3雄1雌を得た(写真左端が雌)。体長約2mm。


やっと雄が採れた。といっても雌の姿とあまりかわりない。




小さなムシの姿勢を整えたり、体表のゴミを掃除したりというのに、近頃は柄付き針ならぬ柄付きブルタックを使用しているのだが、つい意味も無く触手のような形にしてしまう弊害がある。





こんな小さいムシの交尾器を取り出すのは、技術的に困難だが雄が採れたのでチョット挑戦してみた。
まずは、タンパク質分解酵素入洗剤水溶液(トップ プレケア )とオキシドールの混合液をつくり、雄を一晩漬けておいた。
翌日みると、生殖節が飛び出していた。





生殖節を取り出したが、長さ0.23mm、幅0.17mm。実体顕微鏡でもよく見えない。こんな小さいのをどーしろと。




それでもなんのかんのやってみて、交尾器を取り出せた。失敗して一部を破損。把握器の長さは0.08mm。






把握器の形まで、はてなマークみたいだ。ここまで観察しても同定なんてできないグループだが、とても面白い。


2015/03/01

プレデター見習い

古い重要な昆虫の記載論文というものには、得てして図が少ない。
博物館の標本庫などにアクセスして、簡単に現物を閲覧できるような研究者向けの書式なのかもしれないが、一般人が調べごとで参考にするのは容易ではない。
交尾器や特徴的な部位だけが描かれているだけだと、ええんやね勝手に変な全体像を想像しても!なんて気にさえなってくる。

仮説として、こうした論文を書いているのは映画「プレデター」にでてくる異星の戦士みたいなヒトであったということも考えられる。
異星人がヒトから頭骨と脊椎を手早く抜き取って、高い所で雄叫びを上げてるシーンがあったが、あんな感じでムシから交尾器だけを取り出して、木のてっぺんなどで稲光を背景に大喜びで振り回している研究者がいたに違いない。
そんな研究者が、交尾器だけを標本箱に並べていたとしたら、図が交尾器だけという論文の説明が簡単につく。
生物は遺伝子の乗り物にすぎないという考え方もあるようなので、遺伝子のやりとりを直接担当する交尾器より大事な部分は他にないといえよう。
確かにクワガタムシやらカミキリムシなどの、完品だの不完品だのと四の五のいってるドイツ箱なんぞは捨て、交尾器だけを集める合理性には首肯できる部分もある。・・・私はイヤだけれど。

自分で採集したムシの交尾器取り出しには、いつもすごく苦労する。プレデターの解体作業のごとく簡単に素早くできるようになりたいものだが、あんな高みにたどり着けるはずはないだろう。それでも練習あるのみだ。
先日はミヤモトマルグンバイの交尾器を取り出してみた。オスの腹端にゲニタルカプセルという丸っこい部分があり、そのなかに生殖器が収まっている。ゲニタルカプセルは、第9腹節と第10腹節が変形したものらしい。把握器が大顎のように見えてアリの頭みたいな形状だ。
ゲニタルカプセルを日本語でいうなら、日本原色カメムシ図鑑第3巻(2012)では生殖節、昆虫学事典(1962)では交尾器のうというらしい。





昆虫の交尾器は、それぞれに複雑な造形が印象的だが、形と役割が細部まで解説されていることは少ない。
その筋の専門家が一般向けに、広範囲な分類群を素材にして、写真やCGを多用した交尾器の本を作ってくれないだろうか?いつの日にかは、文一総合出版のハンドブックシリーズなどに加わることを期待しよう。
扇情的なタイトルと萌キャラを表紙にすれば、絶対売れると思う。

2015/02/08

トリビアの意味

和泉山脈のとある山のピークから、湿った落葉をひとつかみ頂戴した。冬とはいえ暖かい日だったこともあり、クロバネキノコバエ類やガガンボダマシ類が飛んでいた。そんな明るい場所の落ち葉だったからだろう、腐朽した葉の間からは、クロバネキノコバエ類の幼虫や蛹がたくさん出てきた。
コナダニ団の成虫やヒポプスも多くみられた。やはりコナダニ団は、ちゃんと腐葉土になったところより、腐葉土になりつつあるヌメリのある枯葉部分を好むようだ。他には陸生ガムシの幼虫なども出てきた。
少数だが、キイロヒメアリ Monomorium triviale の働きアリもいた。





トリビアレ?・・・突然、キイロヒメアリの種小名がなぜか気になり出した。
トリビアって、なんとはなしに「しょーもない」とか「取るに足らん」という意味だと思っていたが、ホイーラーみたいなリッパな学者が虫の命名に使ったのなら、なにか別の意味があるに違いない。
タイプ標本は、明治時代後期、かの有名なハンス・ザウターにより神奈川県で採集されている。そんな人が採集した虫を「ツマンネアリ」なんて呼んだりせんやろう・・・と思う。

ウィキとかで調べてみると、トリビアの語源は諸説あるようだが、中世の欧州で大学の基本3教科(文法学・修辞学・論理学)を指していたトリビウムが由来というのがもっともらしい気がする。
トリビアの主な意味は「基本的、自明な事柄」であって、「つまらない、些細な」という意味は二次的なもののようだ。

たぶんホイーラーは、キイロヒメアリの学名を「明らかにヒメアリ」って意味でつけたんだろうと思う。

それにしても、台湾のサイトにあるSF風味のイラストで描かれたザウターはカッコよい。
ハンス・ザウター  http://taiwantoday.tw/ct.asp?xItem=221779&CtNode=1775

2015/02/01

クロゴキブリの粘着物質

先日みかけたクロゴキブリの若虫は、尾角のシズクのような粘着物質が撮影しやすい位置で静止していた。以前から簡単に撮影できると思っていたくせに、今まで上手く撮れたタメシがなかった。
今回のは少しマシと思う。



クロゴキブリの尾角は、腹面側に配置された振動などを検知するセンサー群が話題になったりするけれど、背面側でみられる粘着物質の優れた防御機能についてはどうなんだろう。あまり話題にされることがないように思う。

クロゴキブリについていえば、尾角の粘着物質は成虫ではみられず、若虫にしかみられないし、若虫でも生息密度が高いと観察が困難になるので、あんまり広くは知られていないのだろう。それよりなにより本体がキモ過ぎて、細部なんかみてられないって人が大多数に違いない。

この粘着物質の機能については、実験などで検証を加えつつ詳しく調べた研究が日本でおこなわれていて、いろいろなゴキブリ本に引用されている。それによると、クロゴキブリやヤマトゴキブリの若虫だと、複数のツノアカヤマアリの働きアリに囲まれた場合でも、シズクを周囲に飛ばして敵の動きを封じることができたそうだ。柔らかくて美味しそうな若虫が、あのキョーボーなヤツラを圧することができるなんて尋常じゃない。

私自身は、トルキスタンゴキブリを単独飼育しているときに、この防御物質の驚くべき力をみせつけられたことがある。
飼育している水槽の底に落ちているゴミを取り除こうとしてピンセットを入れると、突然ピンセットが閉じたままになり使えなくなったのだ。実体顕微鏡でピンセットの先端部をみると、ものすごく粘っこいモノがついていたのだけれど、少しの間はゴキブリとの関連も思いつかず、何が起きたのかサッパリ分らなかった。
ゴミの側にいたゴキブリをよく見てみると、尾角に何かシズクのようなものが付いていた。知らないうちにコレに触れたのかなと思ってシズクの一部を採取しようとすると、こちらの眼で追えない早さでゴキブリが身震いして、尾角に触れるか触れないかのうちに、またもやピンセットが使えなくなってしまったのだった。

この防御方法はホントに不思議だ。粘着物質はタンパク質だそうだが、硬化のプロセスとか保存性とかはどうなってるのだろう?とか、もっとゴキブリの狩りが得意そうなタイプのアリ(例えばトゲオオハリアリみたいな毛深いヤツラとか)が相手でも同じように勝てるのかなどと疑問は膨らむばかり。
粘着物質を反撃用兵器として利用している虫なんて、そんなに種類は多くないはず。ゴキブリの他には、テングシロアリ亜科くらいしか思いつかない。

工業的にクロゴキ粘着物質を大量生産できれば、暴れている人を鎮圧したり、相手の武器をジャムらせたりとかできるかも。すでになんかのマンガで出てたネタのような気もチョットする。


参考文献:Ichinose, T; Zennyoji, K (1980). "Defensive behavior of the cockroaches, Periplaneta fuliginosa Serville and P. japonica Karny (Orthoptera: Blattidae) in relation to their viscous secretion”. Applied Entomology and Zoology 15 (4): 400–408.