2014/12/31

冬のコクヌストモドキ

コクヌストモドキは世界中でたくさんの科学者から研究対象にされてきた歴史があり、その情報量たるや、それはそれはボーダイなものだ。
コクヌストモドキは♂同士の交尾が多いとか、粉っぽい飼料で飼育すると雌雄の区別がきわめて容易にできるチョットとした裏技があるとか、近縁種の種分化の背景についてとか、興味深いことも多い。

けれども、家屋害虫関係の専門書に載っている情報はかなり簡単な内容にとどまっていたりする。


「ナぜ住み始めたばかりで、コクヌストモドキが室内にフツーにいるし?」は、新築あるあるの一つなのだけれど、この問題にも、それぞれの分野の専門家から、それぞれのもっともらしいお答えがあったりで、結局どーなのかはあいまいにされがち。

「古い食品から出る虫ですわ。」という紋切り型の報告を聞いて、整理整頓好きの奥様方がブチ切れることもしばしばである。
笑顔で説明する害虫駆除業者を、シメたくなる気持ちも分からないでもないが、説明する側にもそれぞれの立場ってモノがあるのでしょうがない。住宅メーカーの走狗としての発言しか許されていない場合も多いし。

「どっかソトから飛んで来るっちゅうこともありますからね。」というのは、住宅を造ったり販売したりな人々が多用するご説明。これについては、人家から離れた場所の立木からみつかることや、成虫が飛翔可能という論文もあるので根拠のあるいいわけといえる。
しかし、光誘引式捕虫器(ライトトラップ)に捕まった本種の成虫を、実際にみたことがある人がどれほどいるのだろう?私は結構長いこと食品工場で仕事をやっているものの、残念ながらみたことがない。つまり、そんなに大量に家屋に飛んでくることがあるなんてことが、ホントに起こりうるのだろうかという疑問は消えない。

遠い昔にクソ暑い造成地で、スギの野地板の束をバラけさせて防蟻剤を塗ったくっているとき、板の間からへろへろと飛翔した虫をはたき落としてみると、コクヌストモドキだった記憶があるのだが、この時の個体は標本にしていないので、あまり自信を持って「野外で飛翔個体を見た」ともいえない。

本日、お散歩中に発見したコクヌストモドキの成虫。ケヤキの樹皮が浮き上がったところの下に入り込んで冬越中の様子。こういう感じで見つかること自体は、それほど珍しいことでもない。1930年代のアメリカ農務省の技術レポートなんかにも書いてあるくらいなので、専門家の間では古くから知られていたことなのだろう。

農機具小屋の周囲などは別にして、野外の樹皮下で数百個体を一気に見つけたなんて話も聞いたことがない。でも、新築家屋で問題になっているところでは、軽く数千個体の成虫(幼虫は見つからない)が見つかることもあるってのが、理解を超えた現象とされるところ。



2014/12/22

ジワジワくるむし

ひと月ほどまえの話。Acleris氏が拾ってきた鳥の羽から変な虫が出てきた。残念ながら、その虫以外はツメダニどころかウジクダニもいやしなかったけど。

その変な虫のほうは、同氏のブログ記事でたいへんな反響だったそうで、つい先日、標本は羽毛ごと専門家に送られた。
http://blog.zaq.ne.jp/insect/article/575/

鳥の羽が拾われた直後に、ダニをほじくり出そうとしているとき、ナゾ虫の若虫を1個体潰してしまい、しょうがないのでプレパラートにしていた。それから現在に至るまで、つらつらとその分類的位置について考え込んでいたが、結局何も分からなかった。





シロアリのような、ハジラミの幼虫のような。
何かに例えることが容易なのに、名前を思い浮かべることができない生き物は難物だ。
それは実際のところ、例えの外にいるということだ。
つまり例外的な存在。

ハジラミなら特殊な形態をしていないとイケナイはずなのに、こいつは見た目にすごい普通な虫オーラが漂っているところが異常。

触角は4節とも普通な円筒形だし。頭部も普通に丸くて触角が収納される溝なんてない。
頭部前縁から大あごにかけては、ドバトから採集したことがあるタンカクハジラミ科の一種と似た雰囲気だけど、大あごが妙に発達しているし。胸部もデカくてヘンチクリン。ふ節のあたりは何がどうなのか分からないがメチャクチャ粘着力がある。

http://phthiraptera.info/ をさんざん閲覧しまくったが、少し似たのは出てくるけど、コレだ!ってのは見つからなかった。
こまごまと分かれているハジラミの世界のことだから、新属くらいにはなってもよさそうって感想だ。


町に近い低山の遊歩道で、あんなものが落ちているとは、足下の世界の底なしさに、あらためて畏れを感じた。

2014/12/06

探したくない場所を探す


ツメダニを探そうとするのなら、テッパンの動物や鳥の巣を調べれば、さほど苦労はしないだろう。
だが、それでは面白くない。あまり目を向けられていないような場所には、知られていない種がいてもよさそうなものだ。さて、自分はどんな所に目を向けていないのだろう。

海岸の崖の下に矮小なススキの株があった。根元の砂利混じりの土は、岸壁からにじむ水に浸かっていた。たまに波をかぶったりもしているのだろうって位置。こんな場所の土は、普通なら絶対に持ち帰らない。こんなの絶対に調べたくもない。
自分の常識的な判断に抵抗を試みた。メチャクチャ頑強な株の根を、満身の力をこめて土ごと半分ほどむしり取り、お持ち帰りしてみた。

持ち帰った土を調べてみたら、案の定ハズレだった。自らの愚問を追求して、しっかりと愚行と認定するほどつらいことはないと愚考する。
イヤな感じの土とは思ったが、双翅目の国とは思わなかった。
クロバネキノコバエ、チョウバエ、ガガンボ、ユスリカといった連中の幼虫だらけ。驚いたことにササラダニ類ですらほとんど出てこず、画期的なまでにダニ不毛ポイントだった。

根を水洗いしていると、ケシミズカメムシの一種が1個体だけ出てきた。水面の移動は下手だが、固体の表面では少しばかり跳ねることもできる。全身にピロードを装っているかのような質感、しかもラメ入り。体長2mm。
頭部のあたりでは、青く光るドットまでみられる。多分、普通種。








*参考文献

林 正美・宮本正一,2005.半翅目 Hemiptera.所収:川合禎次・谷田一三(編),日本産水生昆虫 科・属・種への検索,pp. 291–378.

澤田高平. 1995. 半翅目 Hemiptera. 所収:西村三郎(編),原色検索日本海岸動物図鑑[II], pp. 451-455.

POLHEMUS J. T. & POLHEMUS D. A., 1989. A new mesoveliid genus and two new species of Hebrus from intertidal habitats in Southeast Asian mangrove swamps. Bulletin of the Raffles Museum 37:73-82.


2014/11/23

砂の中のウシオダニ

仕事が終わった現場からすぐ近くの海岸に移動して、海浜の生きもの観察をした。
兵庫南部の海岸は岩場が多くて、ニセササラダニ類の採集にはぴったりの場所だ。
寒風が吹きつける岩に顔を寄せ、0.3mm以下の生きものを探す苦行を3分ほど続けて、好奇心を刺激する生きものなど何もいないという貴重な知見を得た。

ふと、岩の間に溜まった砂に目がとまった。
砂の上の漂着ゴミを払いのけ、小さなポリ袋に一握りの海水を含む砂を入れて持ち帰った。
フランスあたりの海岸からヒモダニが流されて、瀬戸内海の内湾に漂着する確率はどれくらいだろう?
宝くじを買ったかのような、一時的幸福感にひたりながら仕事場に戻った。
ひどい脳天気ぶりである。ポリアンナだってここまでひどくない。

拾ってきた宝くじ的砂から、洗い出し法で微少な生物を抽出した。『JIS L 1920 』の表記に従えば「洗出し法」と送りがなが少し異なる。
洗い出し法は、室内塵からのダニ抽出では最強の方法で、野外の砂や落葉でも使える。伊藤立則著『砂のすきまの生きものたち』では、「洗い出し法に勝る、一般的な方法はない。」と断言されているくらいだ。
この方法は、簡単にいえば対象物を水で洗って、気持ち悪い色になった水を金属製のふるいでこして、ふるいに残った気持ち悪いものを観察するということである。ちなみに、ウチの事務所では比重選鉱法などと呼ばれている。

結果としては、ニョロニョロしたダニなどをみられるはずもなく、多数のウシオダニ科が得られただけだった。その中の数個体だけプレパラートにしてみた。剛毛数などを確認する時間がなかったけれど、絵合わせによる暫定的な同定をした。



優占種だった不明種1。Mictognathusの一種と同定した。ウシオダニらしい外観。ちなみにウシオダニ科というのは、海底や海岸のドロや砂の中、海草の表面などにいて、淡水域や地下水域でもみつかるダニ類。食性も肉食やら藻類食やらいろいろ。分類的位置は、ケダニ目:ハシリダニ上団:ウシオダニ上科:ウシオダニ科になっている。











1個体だけ得られた不明種2。Agauopsisの一種の幼虫と同定した。

前体部背面前縁中央に角状突起があり、角の先端に分岐がある。
カワダニ科のごとく、第1脚内側に発達した棘があるのもカッコイイ。日本の超稀種カワダニ科なんて、もちろんみたこともないけれど・・・。





カワダニといえば、オーストラリアのバロー島では、ある方法で大量採集が可能らしいって記事が1年ほど前にあった。
http://coo.fieldofscience.com/2013/12/meet-australias-newest-rake-legged-mite.html
ワシは信じへんからね。落ち葉掃除用ブロアーが、昆虫学者の必須道具だなんて話!

なぎさの砂中は、他にも細長いソコミジンコとか所属不明の無脊椎動物がいっぱいいる。見慣れない生きものをみて、近い動物群の名がゼンゼン思いつかないなんて、ちょっとした他の天体への旅行気分だ。

参考文献:Ilse Bartsch(2006): Halacaroidea (Acari): a guide to marine genera.
http://www.senckenberg.de/odes/06-06.htm

2014/10/02

かゆがらせ


押し入れの隅って環境は、普通なら家屋害虫というレッテルを貼られている生きものたちにとってかなり安心なサンクチュアリといえる。

だが、ウチは違う。ヨメの掃除機がもたらす恐るべき環境破壊により、室内は生物の影が薄い。核戦争後の地球も、キットこんな様子だろうというくらいにサツバツとしている。

重い冬布団が入った袋の後ろ側なら、魔の手も伸びていないだろうと思ったが、残念なことにあまりホコリは溜まっていなかった。
一度破壊された自然の傷はなかなか癒えないものである。

それでも、懐中電灯の光りを斜めに照射して、合板上でかすかに動くヒラタチャタテの幼虫を数個体見つけることができた。
何かダニがいないかと思って、ヒラタチャタテの周囲のホコリを吸虫管で採集した。

ホコリを実体顕微鏡で調べると、ヒョウヒダニ類の死骸のカケラに混じって、やっとのことでミナミツメダニ雄の死骸が1つだけみつかった。
絶滅危惧種として保護してやりたい心境である。



室内に生息しているツメダニ類が、ヒトの皮膚を刺す理由を考えてみた。
ヒトの組織から吸汁して発育するわけでもない種が、なぜヒトを刺すのか?
上皮の外層部分に、ほんの微量注入されるツメダニの唾液ごときに、どうしてヒトの体がそんなに過激に反応することがあるのか・・・・・、本当におかしな話だ。
ツメダニ症は偶発的な刺咬によるものに過ぎないと思うし、個体数が少ないと問題にならないという考えを変えるツモリもない。
でも、カユミをもたらすのは、実のところツメダニ類の戦略かも知れない。

動物は痒くなると皮膚を掻く。室内塵のなかで剥離上皮の割合が高まれば、ヒョウヒダニ類やコナダニ類が増えやすくなるだろう。
ツメダニ類も結果的に、美味しい丸ぽちゃコナダニ団を、より多く頂くことができるチャンスが増えるはずだ。

動物の皮膚を間接的に利用することは、ツメダニ類の進化にも重要な関わりがあると思う。
動物の皮膚利用を究極にまで高めたのがケモノツメダニ類といえるだろう。
もはやコナダニ団を捕食する必要がなくなって、カサブタだらけの皮膚に住み着いて、細胞間質液を直接利用する道を歩んでいるヤツラだ。ヒトを宿主をするケモノツメダニは、幸いにも見つかっていない。
ツメダニが生息している室内であっても、痒くなりにくい対策があればいいなと思う。ツメダニの唾液成分をよく調べてみるという方向性もよさそう。