2016/07/31

泳ぐカメ、泳がないカメ

暑い夏には、どこかヒンヤリとしたところで時間を過ごしたいものだが、お財布にやさしくて最上級の涼感がえられ、煩雑な浮世を忘れることができる場所なんてものは、和歌山県立自然博物館以外に思いつかない。
ムシは地球から消え去るべきだが、サカナの存在はある程度許してやってもいいと考えているヨメと連れ立っていってみた。

いきなり玄関で、「目指せ!和歌山の身近なカブト・クワガタムシ博士」という昆虫の知識レベルを自己判定する展示にお出迎えされ、顔をしかめながら覗き込みながらヨメは、「・・・どんなクワガタムシも気色悪さのレベルはおんなじやけどな。」と独自のレベル判定をやっていた。

大水槽はいつ来ても圧巻で、魚と見学者の距離が妙に近い気がする。
小さい水槽にはマニアックな海の生物が多数展示されている。ここでも二ホンウナギが見当たらないことに気付いたヨメは、「そら昨日がその日やったから、今日はおらんわな。」とか、一人で納得していた。不穏なオバはんである。

タカアシガニのはさみを動かす体験コーナーは、仕組みに気が付かずに通りすぎる子も多いが、見た瞬間に理解して動かしている子もいる。


まえからの念願だけれど、プラスチック製原寸大模型のマジックハンドをつくって1000円くらいで販売してくれないだろうか。


特別展「泳ぐカメ」では、アオウミガメの赤ちゃんがかわいかったが、アルダブラゾウガメの存在感もすごかった。あの近さで観察できる施設はそうないだろう。

来館者にはカメのペーパークラフトを一人につき1枚配布していた。スッポンモドキをいただいた。
帰宅後、さっそく組み立ててみた。
小さい子が作るのは無理と思われ、お父さんがいやいやながら作らされているご家庭も多いことと推察される。


2016/07/18

ヒラタクワガタの口器周辺生活型クワガタナカセは2種混生?

クワガタナカセ類について、夏休み自由研究的な観察を試みてはいるが、おおまかなことすら掴むにいたらない。

まず、種類がハッキリしない。
生態もわからない。
発育段階は?コナダニ団によくみられる4段階でOKなのか?
産み付けられた卵が並んだ場所があるから卵を産むはずなのに、幼虫が体内に入った雌がいるのはなぜ?

外側から観察しやすいタイプのクワガタナカセ類は、クワガタムシの雄の口器内に生息の中心があるようだ。
けれども、付属肢基部の複雑な空間(口腔と呼んでいいのか?)は、宿主が生きたままでは観察不可能に思える。

さやばねの下にいるタイプのクワガタナカセ類にしても、生きたまま観察しようとするのなら、当然宿主を生かして固定したままで、背板上のダニを観察できるようにしなければならない。
コクワガタの雌を石膏で脚部を固定して、口のところに給餌用チューブをあてがい、さやばねを切断して脱着可能にしておく方法がいいだろう。
ダニ飼育台となったコクワガタは、一定の温湿度で真っ暗な環境に置き、観察時には、さやばねを外して背板を観察する。
こうしたダニ飼育台を20基作成して、恒温庫内に並べると・・・

・・・H・R・ギーガーの絵になるのは間違いない。


神戸市産のヒラタクワガタの口器周辺生活型のクワガタナカセ類を観察してみた。
どうやら、2種混じっていたようだ。
クワガタの口腔内に強い勢いで水を吹き付けて、奥の隙間にいるダニを洗い出した。洗い水を濾紙にとおして、濾紙上のダニを拾い出した。
ツシマヒラタクワガタで観察したと同一種と思われるダニがたくさんみられた。Haitlingeria longilobataという脚の長い種類ばかりにみえたが、脚が短い個体が少数混じっていた。

プレパラートにしてみると、属の見当もつかないヤツだった。

Canestriniidae gen. sp. ♂
属不明のクワガタナカセの一種。
肛吸盤が見当たらない。

Canestriniidae gen. sp. ♀
上の♂に対応する♀と思われる個体。
本当にクワガタナカセ類は、わけがわからない。


上記♀の胴部後端(透過偏光で撮影)



課題が横に広がるばかりで、収拾がつかなくなってきた。
というのも自由研究にありがちな展開やなあ。

2016/07/13

樹液香る井荻村の雑木林

実生活に全く関連のないものを、またしても買ってしまった。
CiNiiのPPVをポチってやっちまったのだ。

岸田久作(1925)の「On a New Canestrinid Mite from Japan.」、
英文でしかもたったの全2頁也・・・( ノД`)・・・を入手。

記載論文に詳しい標本画が付いていたのは収穫だった。
クワガタナカセの和名が、どの時点から使われだしたのだろうという疑問については手がかりなし。
実際に読んでみると、興味深い箇所が種々みつかった。
Coleopterophagus berleseiを採集したのは農事試験場の Mr. Ritsuo Ishibashi で、地域的、年代的に推測すると線虫の研究者である石橋律雄って方のことかもしれない。
1♀のタイプ標本は、記録が「東京市井荻村のvegetable gardenで1923年7月に採集されアルコール保存されたもの」となっている。関東大震災発生の2ヶ月ほど前の採集品だ。
vegetable garden というのは、ただの菜園という意味だろうか?あるいは、現在の井荻駅近くにある井草森公園のあたりは、今川家の御菜園があったらしいので関連があるかも。
なんにせよ、大正12年の井荻村界隈には、まだ薪採りできる雑木林も相当残っていたようで、関東平野で採集可能なクワガタムシ類はすべて生息していたと思われる。

論文の文面から察するに、岸田はクワガタナカセの宿主「a species of Lucanus」の標本を直接見ていない可能性がある。
Lucanusの一種って何だろう?

岸田と石橋の会話を、きわめててきとーに想像してみた。

岸:いかようなクワガタムシであったか?
石:普通のクワガタムシなり。可哀想なのでもう逃がしてやった。
岸:どのフツーなりや。
  ただのクワガタムシ(現コクワガタ)かそれともヒラタ?
  当世虫屋必読の書と謳われておるLewisの「日本産甲虫目録」でも、
  クワガタの種類はエラク増加しておるぞ。
石:えっ?クワガタとヒラタは別種なのか?型とかでもなく?
  此の中そんなにムシの見分けがややこしいのか?
  よく見かけるヤツであったが。マイッタネ。
岸:いにしえにはクワガタもミヤマもノコギリも
  おしなべてLucanusだったこともある。
  日々モーレツに新しい知見が増えておるのだ。
  まあ今回の件ではLucanusとして取りあつかうコトにしやう。

多分こんな感じだったのかもしれない。
とはいえ、さすがにこの時代の虫好きたちの間でも、東京でLucanusというとミヤマクワガタのことだけを指すということが一般的な認識だったと思われる。
おそらく岸田はクワガタムシ科の普通種には詳しかったはずだ。当時昆虫学知識に比肩しうるものなしとウワサも高い江崎某という東大出の青年とも、付き合いがあったらしい。
結局、岸田は宿主確認が困難と判断して、最も適用範囲が広いクワガタムシ科の属名で記録したのだろうと推察する。

大正時代の虫好きだったら、絶対に読んでいるはずの昆虫図鑑に、どんなLucanusが掲載されていたかというと、意外なラインナップだったりする。
例えば、松村松年 著(1907年)「日本千蟲図解. 巻之三」では、Lucanusは括弧付きでしか見つからない。
当時諸外国の最新の研究をどのように取捨選択しているのかが分かり、興味を惹かれる。

往年の虫屋を大興奮させた本には、以下のような「くはがたむし科Platyceridae(Lucanidae)」が載っていた。

くはがたむし Macrodorcus rectus
すじくはがた Macrodorcus striatipennis
おほくはがた Dorcus Hopei
ひらたくはがた Eurytrachelus platymelus
あかあしくはがた Macrodorcus rubrofemoratus
みやまくはがた Platycerus (Lucanus) maculifemoratus
のこぎりくはがた Cladognathus inclinatus
etc. ・・・・・




さて、Coleopterophagus berlesei だが、論文の図を観察してみると、膝節や顎体部などの細部の形状まで丁寧に描いてあり、毛や脚の長さの比率はかなり正確に写しとってあるようにみえた。
やはりColeopterophagusではなく、Haitlingeriaに近いと思う。



Coleopterophagus berlesei 
Kishida(1925)の図より一部分を改写


全体的な形態は、ツシマヒラタクワガタに寄生するHaitlingeria longilobata ♀成虫と似ているが、低倍率でもはっきり見えるはずの胴背面の紋理がまったく描かれてないこと、第1脚ふ節がlongilobataみたいに長くないあたりが異なっていた。

コクワガタ(大阪産)のHaitlingeria sp. とも、脚の長さなどの特徴が異なる。
本土産ヒラタクワガタやオオクワガタに寄生するHaitlingeria spp. とは、まだ比較できていない。

アロタイプの♂については図がないが、信じがたいことに、雌を小さくした形態で肛吸盤を欠くとあり、雌雄間で大して形態差はないように書かれている。

いずれにしても、武蔵野台地あたりでクワガタムシ科に寄生するコウチュウダニ類の追加記録を待ち、C. berlesei  は再検討されるべきだろう。


なんだか、久しぶりにクワガタムシ採集をしたくなってきた。

2016/07/07

北海道産アカアシクワガタのクワガタナカセの一種

クワガタムシの口器周辺にいるコウチュウダニについて、体表生活型なんて言い方は変だと気がついた。どの種類であろうとも、コウチュウダニは体表にしかいない。
口器周辺生活型とか、鞘翅下生活型というふうにこれから呼ぶことにする。


アムール地方のアカアシクワガタ Hemisodorcus rubrofemoratus に付着しているクワガタナカセの一種は、ひょっとしたら北海道にもいるかも知れない、と急に思いついた。
北海道の島牧で採集したアカアシクワガタ H. rubrofemoratus, 1♀が標本箱にあったので、さやばねの下を調べてみた。
島牧?・・・そんな場所でアカアシクワガタなんかを採集したなんてまったく覚えていない・・・やたらとメシがうまい村だった記憶しかない。1988年のお盆休みの採集品だ。

標本のさやばねをこじ開けると、予想どおりのヤツがいた。予想が当たることなんてめったにないが・・・。
記載論文とほぼ同じ形状のコウチュウダニが、第4背板に1個体だけ付着していた。

Uriophela arieli Haitlinger 1991 と同一種、あるいはすごく近い種と考える。
ふ節先端の棘の本数が記載の絵と合わないけれど、胴部や脚の剛毛の本数や長さは記載と合う。


北海道産アカアシクワガタのクワガタナカセの一種
Uriophela sp. 

北海道産アカアシクワガタのクワガタナカセの一種
Uriophela sp. ♂の背面の剛毛



北海道産アカアシクワガタのクワガタナカセの一種
Uriophela sp. ♂の腹面の剛毛。
コクワガタのUriophela sp.ほど、剣状剛毛は長くない。


本州のアカアシクワガタにもいるかも知れないので、そのうちに観察してみたい。

専門家の方々の輸入クワガタムシや、クワガタナカセの生物多様性の論文は、とても興味深い内容なのだけれど、読むたびに説明しがたい違和感が強くなってくる。
日本のコウチュウダニ科におけるクワガタナカセの位置づけとか、どのクワガタムシにどのような生活形の属がみられるというような基礎的な説明がないため、我が国のクワガタナカセの生物多様性がどのようなものかってあたりが、論文から読み取れない。
クワガタナカセは、すごくいろいろいて研究中なので発表できないってことなのか、別にクワガタナカセは論旨の中心にないので、後回しねってことなんだろうか?
面白い分野なので、当方の期待感は半端ない。


2016/07/06

コクワガタ鞘翅下のクワガタナカセの一種

Acleris氏の散歩の拾いものをいただいた。兵庫県神戸市産のコクワガタMacrodorcas recta ♀1個体。
ご年配な雰囲気の個体で、後脚ふ節が片側欠けていた。道端を歩いていたらしい。

実体顕微鏡の下で観察してみたが、体表にダニは付着していなかった。クワガタムシの体表生活型クワガタナカセ類は、なぜかメスにはほとんどみられないようだ。
体表生活型クワガタナカセ類はどうやって増えていけるのだろう?
宿主オス同士が闘っているときにだけ、ほかの宿主に分散しているのだろうか?

先日から、大阪府や奈良県のコクワガタ♀の古い標本を5個体調べてみてはいるが、体表のみならず、さやばねの下を調べても何も見つからなかった。

今回のコクワガタは、かなり残酷だが、生きたままの状態で、翅の下を観察してみた。
驚いたことに翅の下には、金剛山(大阪府側)のミヤマクワガタ♀でみられたタイプのクワガタナカセの一種が付着していた。背面と腹面に長大な剣のような剛毛を持つ種類で、体表生活型の Haitlingeria sp. とは全く形態が異なる。脚が4対とも前方を向く体形からして退却が得意そうな感じだったが、素早く後ずさりする行動を観察できた。


複数の雌雄を観察できたので、今度は文献と照合してみた。Haitlinger(1991)がアムール地方のアカアシクワガタHemisodorcus rubrofemoratus から記録したUriophelaと同属と考えた。
gda Iが長大で、胴部背面に2対(d1とd2)、腹面に3対(cxIII, cxIV, ga)の太い剛毛があるという独特な特徴から判断した。
神戸市産 Uriophela sp. ♂




Uriophela sp. ♂の胴部腹面剛毛ga



Uriophela sp. ♀


コクワガタとミヤマクワガタにそれぞれいたUriophela sp. だが、ミヤマクワガタにいた方が若干脚が太くて剛毛が生じる間隔が狭まっている他は同じ形態のように見える。
Uriophela sp. が付着していたコクワガタの背板は、黒く汚損していて少し変形している部分もみられた。ケモノツメダニのように、宿主の皮膚の免疫システムを刺激して、浸潤液を吸汁するという摂食方法なのだと推測する。とすると、コクワガタはとてもカユがっているかも知れない。



*参考文献
Haitlinger R., 1991: Rugoniphela n. gen., Noemiphela n. gen. and Uriophela n. gen. three new genera of canestriniid mites (Acari, Astigmata) from Asia. Redia. 74(2): 533-542.