2016/11/12

コツノアリの雄有翅虫

雑木林の林縁で小さな朽ち木を、いつになく注意深くチビチビと削っていた。
コジイと思われる朽ち木の端で、数個体のチビナガヒラタムシが出てきたためだ。
たどっていった孔道は、こちらの期待を打ち砕くように、すぐにコツノアリ Carebara yamatonis のコロニーに変わってしまった。

コツノアリの働きアリの体長は1mmほどだが、雄は3mmに達する。
こんな羽アリだけを採集してしまった場合には、名前なんか分りっこないと思う。




コツノアリ雄の交尾器




2016/11/10

思いがけない愛国者

私の身の周りには、ヤスデという生物名と本体がちゃんと一致していない人が相当いらっしゃる。「ムカデかヤスデかゲジゲジみたいなやっちゃ」というふうに語られてみたり、「あしがいっぱいあるシッケムシ」と、多くの昆虫を含む大阪限定専門用語が拡張適用されることすらある。
私たち一般人の意識にあるヤスデは、最も辺縁の混濁した領域に配置され、不快という石の下敷きになっている動物群といえる。

われわれ害虫駆除業者でも、ヤスデについての知識は自慢できるほどのものを持っている人なんてそういない。
遠い過去には、専門教育を受けてきたはずの人物が、業務中に「倍脚類」の語句を思い出せず、「両生類」と失言したのに逆上してしまい、くどくどと小言を垂れてしまったこともある。後で、冷静になってから、あっなんか間違えるの分かると自分でもチョット思った。確かに体の「両」側に脚が「生」えている。

大阪市内では、少しでも土や落ち葉があるような地面であれば、ごく普通に黒褐色と赤色のシマシマのヤスデを観察することができる。が、実際に観察するような勇者もまた極めて稀だろう。
とにかくヤツらは臭い。それに分類しようとしても、参考になるような本の見当がつかない。
倍脚類については、分類学的な知識が安売りされていないようで、高価な本や図書館の「帯出禁止」シール付き本にあたらないと、断片的な情報にさえ触れることができない。

いやいやながらだが、相談事例もかなりあることだし、分かる範囲で大阪市内のシマシマヤスデのことを調べてみた。
結論からいえば、ヤマトアカヤスデ Nedyopus patrioticus (Attems, 1898) と判断した。

矢印位置に生殖肢あり



生殖肢 左側の内側からみた状態


生殖肢の関節を迂回して飛び出して、
また陥入するという謎構造の精管

精管(複屈折で白く光る線)は先端付近まで伸び
ハチの毒針のように細くなって突出(矢印)している。


分類には雄の第7胴節にある生殖肢を用いた。生殖肢は観察する方向により、形状がまったく異なってみえるので、文献の絵と見比べるのに結構苦労した。
『新日本動物図鑑(中)』(1965年)と『日本産土壌動物 第二版』(2015年)で主に調べた。
あと以下の文献もすごく参考になった。
Chen, C.-C. and H.-W. Chang. 2004. Taxonomic Study of the Paradoxosomatidae (Diplopoda) from Taiwan.

種小名は愛国者を意味しており、台湾名も愛国者腹馬陸になっていた。
日本産の個体に基づいて記載されているヤスデに、なぜ愛国者???

丸まった個体をみて、思いついたのが旭日旗。
旭日旗は、wikiで調べると1889年から大日本帝国の軍艦旗として使用されているそうなので、記載年と時期は合う。
ゼッタイ、やっぱり関係あるわ、コレは!知らんけど。

旭日旗風の個体は見当たらないが、たまにそんな風にみえそう。
白いシマのもいるが同一種。


2016/10/30

チビナガヒラタムシの虚成虫(ghost adult)の論文

チビナガヒラタムシ成虫の標本は、見応えがしない。ウチの標本箱の中身を、キレイさとかカッコよさを基準として並べ替えるなら、クロゴキブリ1齢幼虫の隣あたりに位置しそうだ。
最後にチビナガヒラタムシの成虫を観察してから何年も経過しているので、自分の標本箱内にある台紙に付着している小物体が、飛び散ったヒジキの破片なのか、ホントに虫だったのかというあたりさえ揺らいできている。 

チビナガヒラタムシが紹介されるときは、白い幼虫の形態のままで増殖できる変わった甲虫ということが決まって取り上げられる。
それよりも、ときどき出現する成虫(さやばねのある黒いヤツ) が謎すぎるってことのほうが不思議で、昆虫界屈指の難問の一つと思う。

暑い時に成虫が現れるってことは私も気が付いていて、成虫を得たいのなら涼しい恒温器に入れたりせず、蒸し暑い部屋に放置しておくことが一番と考えていた。これは虫好きなら、自然とでてくる発想の範囲だろう。
ところが、本格的なプロの生物学者となると、私なんかとは全然発想が違う。
幼虫を加熱すると確実に成虫が多くなることを見つけて、定量的な調査をした研究が今年発表されている。

その論文↓
Perotti, M. A. et al. The ghost sex-life of the paedogenetic beetle Micromalthus debilis. Sci. Rep. 6, 27364; doi: 10.、1038/srep27364 (2016).

腐朽材を加熱してみようなんて、よくもまあ思いついたものだと、驚きと興奮をもって読ませて頂いた。

多数の成虫を得て定量分析しつつ、生殖機能に障害を持っていることや、共生微生物との関係についてとか、進化的な意味まで論じている。
悠久の彼方から生き残っていた昆虫が、どれほどトンデモないことをやっているのかを暴こうとする研究だ。
チビナガヒラタムシの謎は、この論文で相当説明がついたって気がする。

でも、腑に落ちない点はいくつかあって、この論文では成虫の性比が極端に偏っていて雌が多いという結果が得られている。
他の報告例でも、雌が多いっていわれているので、そこが検証されて確実なものになったって感じだ。

おかしなことに、ウチの事務所で発生していた時は、雄ばかりが出てきて最終的に雌が少ないってこともあった。
飼育が下手くそだから、変になることもあるのだろうけれど、いったい何が変になったら雄が優勢になるのだろう?
やはり、チビナガヒラタムシについては研究すべきことはまだまだありそうだ。

なんとか、実験動物として安定した供給ができるようにならないものかと思う。

先日、端が少しだけ腐っている松杭を街角でみかけて、腐朽部分を出来るだけ多くむしり取ろうとしたけれど、収穫は小指の先ほどしかなかった。
その中にチビナガヒラタムシの2齢幼虫が2個体見つかったけれど、加湿しすぎたのかそのうち1個体は翌日に死んでしまった。たぶん杭を丸ごと持ち帰ってもあまりいそうにない感じだったので、もっと良い材を探すしかない。
大事にしてなかったときは、いろいろ秘密を見せてくれた虫だが、いざ飼育しようとすると採集さえ思うようにいかない。
きっと今回も、マーフィーの法則的な何かに虫採り運が支配されているのだろう。

でも、あきらめずに探し続けてみるつもり。

ずいぶんいい加減な感じの飼育状況

ジッとしていると思ったら腹端が変色して死んでた。

2016/10/28

ヒサゴクチカクシゾウムシ

●和歌山県新宮市に行って、仕事をしたのはもう5ヶ月ほど前になる。その折に、海に近い雑木林にちょっと寄り、小さな朽ち木をコンビニ袋に入れて持ち帰っていたけれど、このたびメデタク小さなゾウムシが現れた。

ヒサゴクチカクシゾウムシ Simulatacalles simulator は珍しい種でもなく、特に関心のある虫でもないけれど、ムキになって脚を左右対称になるように整えた。
はがせる両面テープの上に虫をくっつけてから、サランラップの微小な破片でふ節を押えた。
写真撮影後に気が付いたが、触角が傾いた状態で焦点合成処理しているので、実際より随分と短く見えてしまう点がイヤな感じ。

虫を外すときは、面相筆に含ませたエタノールを、虫と両面テープの間に流し込む。
外れやすくなったら、そっと虫を剥がして紙製台紙に移して、ラベルをつけたら標本作り終了。



2016/10/10

キボシカミキリの便乗ダニ

神戸市須磨区産のダニ付きキボシカミキリ Psacothea hilarisを観察した。 Acleris氏の採集品。
ダニは2種類いた。
キボシカミキリの中脚基節付近に付着していた体長約0.2mmの種は、Paracarophena sp.だった。
この属はタマゴシラミダニ科Acarophenacidaeに含まれ、カミキリムシ科やキクイムシ科から記録されている。
日本から、キボシカミキリの卵への寄生状況についての論文がある。
その論文中の種は形態的な記述がほとんどないけれど、今回観察した種とたぶん同じ。






顎体部がのっぺらぼーな雰囲気で、どうやってモノを食べているのかイメージできない。
透過偏光観察すると、硬い鋏角があれば明瞭な複屈折が観察されることが多いが、本種ではなにか小さなものがあるなということしか観察できなかった。

透過偏光観察。矢印位置に何かありそう。

腹部肥大したダニはみられないので、カミキリムシの体表から体液を吸っているわけではなさそう。
昆虫の卵殻にくっついたときは吸汁できるようなので、鋏角 がなにか変わった仕組みになっているのは間違いないだろう。



もうひとつの体長約0.4mmのトゲダニ目は、カミキリムシの体表の決まった場所にいなくて、頭部から腹端までまばらにいた。




菌糸の破片のようなものがみえていた。



マツノカザリダニAmeroseius pinicola Ishikawa, 1972 カザリダニの一種 Ameroseius sp. と同定した。(追記:たぶんこの記事を書いたときはマツダカザリダニと思っていて、和名が似ているマツノカザリダニの学名を誤記したようだ。たが、その後、調べなおしてみるとAmeroseius ulmi と考えられる。)体内に菌類の破片がみられたので、菌食性と思われる。本州、四国、隣国の中国から記録がある。

体表のでこぼこには胞子が入り込んでいて、菌の運搬に役立っているのかも。そういえば菌食性の甲虫にも、やたらと凹凸の激しいのがいる。

どちらのダニも雌ばかりで、さやばねの下にはみられず、便乗ダニと考えた。

2016/09/26

駆除対象外

食品工場にもよるけれど、外壁に止まっているだけならクモ類は普通放置。
飛翔性昆虫の駆除を地味に手伝ってくれているし。


オスグロハエトリの雌と思うが、この仲間も写真だけだとかなり同定は難しい。
雨の日の軒下で、ガガンボの一種を食事中。



2016/09/20

秋のニセケバエ

ひとくくりにコバエと呼称されるムシたちには、実はいろいろいるけれど、害虫駆除業者だって分類が面倒くさいので、コバエの習性がどうの、コバエの対処方法はこうだのと、ふつうに何食わぬ顔でコバエを連呼しているものだ。
たまにコバエってものを分類してみることもあるが、けっこう面白い。

ビルの屋上の水溜まりの周りを、数匹のニセケバエが歩き回っていたので1個体捕まえて調べてみた。
夏も終わり、涼しくなってきてから、目につくようになった種だ。やたらと小さい(体長0.7~1.4mm)。
Manual of Neartic Diptera, Vol. 1(1981)をつっかえつっかえ読み、翅脈のイラストと見比べたりして検索をたどってみた。
Rhegmoclemina sp. と判断した。全北区で見られる属らしい。

春に出てくる奴らみたいに、大群になる例はなさそう。

ちょっと水にふやけてデカくなった成虫♂

翅脈



頭部 左右の複眼がくっついている。

雄の交尾器

精子ポンプ

ヒラタクワガタの短足コウチュウダニ sp.2

なんやかんやで、ブログに写真を上げそこなってたコウチュウダニのメモ。
神戸市産ヒラタクワガタ♂の口器周辺から、コウチュウダニが2種出てきて驚いたが、和泉市産ヒラタクワガタでは3種もいた。
3種の内訳は、脚の長い種が1種と、脚が短い種が2種。和泉市で新たに見られた種は、脚が短い種で、雄の肛吸盤が発達していた。


Canestriniidae gen. sp.2 ♂


この種は、脚が極端に短いという違いを無視すれば、ヨーロッパオオクワガタに寄生するCanestrinia dorcicolaにかなり似ていると思う。

通常、寄生性ダニ類は、宿主と1対1の関係にあるとばかり思い込んでいただけに、3種も同時に寄生しているなんて信じがたいことだった。
このブログでは、一応別種にしているが、ひょっとしたら「型」みたいなもので同一種ってこともありうるのだろうか?

それとも寄生部位に、それぞれミクロな違いがあって、3種が生活していられるのだろうか?


2016/08/09

天馬のごときダニ

コウチュウダニのことを調べるため、Biodiversity Heritage Libraryのサイトでベルレーゼの古い本を閲覧していると、
当時のダニ学者が中二病だったのかと疑わざるをえないダニの図を見つけた。


ウモウダニの一種 Oustaletia pegasus (Trouessart, 1885)
サイチョウの一種の羽毛でみつかるなんてかいてあったが、”ボクが考えた最強のダニにデビルウィングも付けてみた”みたいなヤツが、実際にいるとは到底信じられん。



カラー図を描いている人もいる。

2016/08/02

クワガタムシの口腔内洗浄

アマミシカクワガタ Rhaetulus recticornis の1985年9月に採集した♂の標本を、口腔内洗浄してみた。
少し洗剤を加えた水にクワガタムシを1日漬けて置いた。
クワガタムシを取り出して、ホースの先端に細いノズルを接続したものを使い、水道水をジェット水流にしてクワガタムシの口腔内へ吹き付けた。



洗浄作業は、小さなバケツの中でおこない、水しぶきや付着物を逃さないように集めた。
バケツに溜まった洗い水を濾紙に通して濾紙に残った付着物からダニを集めた。


クワガタムシの口腔内のダニ(精密画)



濾紙を実体顕微鏡で眺めると、コウチュウダニの幼虫やヒゲダニ科のヒポプスのような、低倍率のルーペでは見えにくいダニが、とても多く回収されていることが分かる。

アマミシカクワガタ♂の口器周辺についていたコウチュウダニは、じっくり文献と見比べたいが・・・、なかなかままならない。
とりあえず、Canestriniidae gen. sp.としておくしかないけれど、 Sandrophela属あたりだろうと予想中。

Canestriniidae gen. sp



Canestriniidae gen. sp の幼虫
体内に若虫が透けてみえている。




どこへいっても、たっぷり見かけるヒゲダニ科のヒポブス。






2016/07/31

泳ぐカメ、泳がないカメ

暑い夏には、どこかヒンヤリとしたところで時間を過ごしたいものだが、お財布にやさしくて最上級の涼感がえられ、煩雑な浮世を忘れることができる場所なんてものは、和歌山県立自然博物館以外に思いつかない。
ムシは地球から消え去るべきだが、サカナの存在はある程度許してやってもいいと考えているヨメと連れ立っていってみた。

いきなり玄関で、「目指せ!和歌山の身近なカブト・クワガタムシ博士」という昆虫の知識レベルを自己判定する展示にお出迎えされ、顔をしかめながら覗き込みながらヨメは、「・・・どんなクワガタムシも気色悪さのレベルはおんなじやけどな。」と独自のレベル判定をやっていた。

大水槽はいつ来ても圧巻で、魚と見学者の距離が妙に近い気がする。
小さい水槽にはマニアックな海の生物が多数展示されている。ここでも二ホンウナギが見当たらないことに気付いたヨメは、「そら昨日がその日やったから、今日はおらんわな。」とか、一人で納得していた。不穏なオバはんである。

タカアシガニのはさみを動かす体験コーナーは、仕組みに気が付かずに通りすぎる子も多いが、見た瞬間に理解して動かしている子もいる。


まえからの念願だけれど、プラスチック製原寸大模型のマジックハンドをつくって1000円くらいで販売してくれないだろうか。


特別展「泳ぐカメ」では、アオウミガメの赤ちゃんがかわいかったが、アルダブラゾウガメの存在感もすごかった。あの近さで観察できる施設はそうないだろう。

来館者にはカメのペーパークラフトを一人につき1枚配布していた。スッポンモドキをいただいた。
帰宅後、さっそく組み立ててみた。
小さい子が作るのは無理と思われ、お父さんがいやいやながら作らされているご家庭も多いことと推察される。


2016/07/18

ヒラタクワガタの口器周辺生活型クワガタナカセは2種混生?

クワガタナカセ類について、夏休み自由研究的な観察を試みてはいるが、おおまかなことすら掴むにいたらない。

まず、種類がハッキリしない。
生態もわからない。
発育段階は?コナダニ団によくみられる4段階でOKなのか?
産み付けられた卵が並んだ場所があるから卵を産むはずなのに、幼虫が体内に入った雌がいるのはなぜ?

外側から観察しやすいタイプのクワガタナカセ類は、クワガタムシの雄の口器内に生息の中心があるようだ。
けれども、付属肢基部の複雑な空間(口腔と呼んでいいのか?)は、宿主が生きたままでは観察不可能に思える。

さやばねの下にいるタイプのクワガタナカセ類にしても、生きたまま観察しようとするのなら、当然宿主を生かして固定したままで、背板上のダニを観察できるようにしなければならない。
コクワガタの雌を石膏で脚部を固定して、口のところに給餌用チューブをあてがい、さやばねを切断して脱着可能にしておく方法がいいだろう。
ダニ飼育台となったコクワガタは、一定の温湿度で真っ暗な環境に置き、観察時には、さやばねを外して背板を観察する。
こうしたダニ飼育台を20基作成して、恒温庫内に並べると・・・

・・・H・R・ギーガーの絵になるのは間違いない。


神戸市産のヒラタクワガタの口器周辺生活型のクワガタナカセ類を観察してみた。
どうやら、2種混じっていたようだ。
クワガタの口腔内に強い勢いで水を吹き付けて、奥の隙間にいるダニを洗い出した。洗い水を濾紙にとおして、濾紙上のダニを拾い出した。
ツシマヒラタクワガタで観察したと同一種と思われるダニがたくさんみられた。Haitlingeria longilobataという脚の長い種類ばかりにみえたが、脚が短い個体が少数混じっていた。

プレパラートにしてみると、属の見当もつかないヤツだった。

Canestriniidae gen. sp. ♂
属不明のクワガタナカセの一種。
肛吸盤が見当たらない。

Canestriniidae gen. sp. ♀
上の♂に対応する♀と思われる個体。
本当にクワガタナカセ類は、わけがわからない。


上記♀の胴部後端(透過偏光で撮影)



課題が横に広がるばかりで、収拾がつかなくなってきた。
というのも自由研究にありがちな展開やなあ。

2016/07/13

樹液香る井荻村の雑木林

実生活に全く関連のないものを、またしても買ってしまった。
CiNiiのPPVをポチってやっちまったのだ。

岸田久作(1925)の「On a New Canestrinid Mite from Japan.」、
英文でしかもたったの全2頁也・・・( ノД`)・・・を入手。

記載論文に詳しい標本画が付いていたのは収穫だった。
クワガタナカセの和名が、どの時点から使われだしたのだろうという疑問については手がかりなし。
実際に読んでみると、興味深い箇所が種々みつかった。
Coleopterophagus berleseiを採集したのは農事試験場の Mr. Ritsuo Ishibashi で、地域的、年代的に推測すると線虫の研究者である石橋律雄って方のことかもしれない。
1♀のタイプ標本は、記録が「東京市井荻村のvegetable gardenで1923年7月に採集されアルコール保存されたもの」となっている。関東大震災発生の2ヶ月ほど前の採集品だ。
vegetable garden というのは、ただの菜園という意味だろうか?あるいは、現在の井荻駅近くにある井草森公園のあたりは、今川家の御菜園があったらしいので関連があるかも。
なんにせよ、大正12年の井荻村界隈には、まだ薪採りできる雑木林も相当残っていたようで、関東平野で採集可能なクワガタムシ類はすべて生息していたと思われる。

論文の文面から察するに、岸田はクワガタナカセの宿主「a species of Lucanus」の標本を直接見ていない可能性がある。
Lucanusの一種って何だろう?

岸田と石橋の会話を、きわめててきとーに想像してみた。

岸:いかようなクワガタムシであったか?
石:普通のクワガタムシなり。可哀想なのでもう逃がしてやった。
岸:どのフツーなりや。
  ただのクワガタムシ(現コクワガタ)かそれともヒラタ?
  当世虫屋必読の書と謳われておるLewisの「日本産甲虫目録」でも、
  クワガタの種類はエラク増加しておるぞ。
石:えっ?クワガタとヒラタは別種なのか?型とかでもなく?
  此の中そんなにムシの見分けがややこしいのか?
  よく見かけるヤツであったが。マイッタネ。
岸:いにしえにはクワガタもミヤマもノコギリも
  おしなべてLucanusだったこともある。
  日々モーレツに新しい知見が増えておるのだ。
  まあ今回の件ではLucanusとして取りあつかうコトにしやう。

多分こんな感じだったのかもしれない。
とはいえ、さすがにこの時代の虫好きたちの間でも、東京でLucanusというとミヤマクワガタのことだけを指すということが一般的な認識だったと思われる。
おそらく岸田はクワガタムシ科の普通種には詳しかったはずだ。当時昆虫学知識に比肩しうるものなしとウワサも高い江崎某という東大出の青年とも、付き合いがあったらしい。
結局、岸田は宿主確認が困難と判断して、最も適用範囲が広いクワガタムシ科の属名で記録したのだろうと推察する。

大正時代の虫好きだったら、絶対に読んでいるはずの昆虫図鑑に、どんなLucanusが掲載されていたかというと、意外なラインナップだったりする。
例えば、松村松年 著(1907年)「日本千蟲図解. 巻之三」では、Lucanusは括弧付きでしか見つからない。
当時諸外国の最新の研究をどのように取捨選択しているのかが分かり、興味を惹かれる。

往年の虫屋を大興奮させた本には、以下のような「くはがたむし科Platyceridae(Lucanidae)」が載っていた。

くはがたむし Macrodorcus rectus
すじくはがた Macrodorcus striatipennis
おほくはがた Dorcus Hopei
ひらたくはがた Eurytrachelus platymelus
あかあしくはがた Macrodorcus rubrofemoratus
みやまくはがた Platycerus (Lucanus) maculifemoratus
のこぎりくはがた Cladognathus inclinatus
etc. ・・・・・




さて、Coleopterophagus berlesei だが、論文の図を観察してみると、膝節や顎体部などの細部の形状まで丁寧に描いてあり、毛や脚の長さの比率はかなり正確に写しとってあるようにみえた。
やはりColeopterophagusではなく、Haitlingeriaに近いと思う。



Coleopterophagus berlesei 
Kishida(1925)の図より一部分を改写


全体的な形態は、ツシマヒラタクワガタに寄生するHaitlingeria longilobata ♀成虫と似ているが、低倍率でもはっきり見えるはずの胴背面の紋理がまったく描かれてないこと、第1脚ふ節がlongilobataみたいに長くないあたりが異なっていた。

コクワガタ(大阪産)のHaitlingeria sp. とも、脚の長さなどの特徴が異なる。
本土産ヒラタクワガタやオオクワガタに寄生するHaitlingeria spp. とは、まだ比較できていない。

アロタイプの♂については図がないが、信じがたいことに、雌を小さくした形態で肛吸盤を欠くとあり、雌雄間で大して形態差はないように書かれている。

いずれにしても、武蔵野台地あたりでクワガタムシ科に寄生するコウチュウダニ類の追加記録を待ち、C. berlesei  は再検討されるべきだろう。


なんだか、久しぶりにクワガタムシ採集をしたくなってきた。

2016/07/07

北海道産アカアシクワガタのクワガタナカセの一種

クワガタムシの口器周辺にいるコウチュウダニについて、体表生活型なんて言い方は変だと気がついた。どの種類であろうとも、コウチュウダニは体表にしかいない。
口器周辺生活型とか、鞘翅下生活型というふうにこれから呼ぶことにする。


アムール地方のアカアシクワガタ Hemisodorcus rubrofemoratus に付着しているクワガタナカセの一種は、ひょっとしたら北海道にもいるかも知れない、と急に思いついた。
北海道の島牧で採集したアカアシクワガタ H. rubrofemoratus, 1♀が標本箱にあったので、さやばねの下を調べてみた。
島牧?・・・そんな場所でアカアシクワガタなんかを採集したなんてまったく覚えていない・・・やたらとメシがうまい村だった記憶しかない。1988年のお盆休みの採集品だ。

標本のさやばねをこじ開けると、予想どおりのヤツがいた。予想が当たることなんてめったにないが・・・。
記載論文とほぼ同じ形状のコウチュウダニが、第4背板に1個体だけ付着していた。

Uriophela arieli Haitlinger 1991 と同一種、あるいはすごく近い種と考える。
ふ節先端の棘の本数が記載の絵と合わないけれど、胴部や脚の剛毛の本数や長さは記載と合う。


北海道産アカアシクワガタのクワガタナカセの一種
Uriophela sp. 

北海道産アカアシクワガタのクワガタナカセの一種
Uriophela sp. ♂の背面の剛毛



北海道産アカアシクワガタのクワガタナカセの一種
Uriophela sp. ♂の腹面の剛毛。
コクワガタのUriophela sp.ほど、剣状剛毛は長くない。


本州のアカアシクワガタにもいるかも知れないので、そのうちに観察してみたい。

専門家の方々の輸入クワガタムシや、クワガタナカセの生物多様性の論文は、とても興味深い内容なのだけれど、読むたびに説明しがたい違和感が強くなってくる。
日本のコウチュウダニ科におけるクワガタナカセの位置づけとか、どのクワガタムシにどのような生活形の属がみられるというような基礎的な説明がないため、我が国のクワガタナカセの生物多様性がどのようなものかってあたりが、論文から読み取れない。
クワガタナカセは、すごくいろいろいて研究中なので発表できないってことなのか、別にクワガタナカセは論旨の中心にないので、後回しねってことなんだろうか?
面白い分野なので、当方の期待感は半端ない。


2016/07/06

コクワガタ鞘翅下のクワガタナカセの一種

Acleris氏の散歩の拾いものをいただいた。兵庫県神戸市産のコクワガタMacrodorcas recta ♀1個体。
ご年配な雰囲気の個体で、後脚ふ節が片側欠けていた。道端を歩いていたらしい。

実体顕微鏡の下で観察してみたが、体表にダニは付着していなかった。クワガタムシの体表生活型クワガタナカセ類は、なぜかメスにはほとんどみられないようだ。
体表生活型クワガタナカセ類はどうやって増えていけるのだろう?
宿主オス同士が闘っているときにだけ、ほかの宿主に分散しているのだろうか?

先日から、大阪府や奈良県のコクワガタ♀の古い標本を5個体調べてみてはいるが、体表のみならず、さやばねの下を調べても何も見つからなかった。

今回のコクワガタは、かなり残酷だが、生きたままの状態で、翅の下を観察してみた。
驚いたことに翅の下には、金剛山(大阪府側)のミヤマクワガタ♀でみられたタイプのクワガタナカセの一種が付着していた。背面と腹面に長大な剣のような剛毛を持つ種類で、体表生活型の Haitlingeria sp. とは全く形態が異なる。脚が4対とも前方を向く体形からして退却が得意そうな感じだったが、素早く後ずさりする行動を観察できた。


複数の雌雄を観察できたので、今度は文献と照合してみた。Haitlinger(1991)がアムール地方のアカアシクワガタHemisodorcus rubrofemoratus から記録したUriophelaと同属と考えた。
gda Iが長大で、胴部背面に2対(d1とd2)、腹面に3対(cxIII, cxIV, ga)の太い剛毛があるという独特な特徴から判断した。
神戸市産 Uriophela sp. ♂




Uriophela sp. ♂の胴部腹面剛毛ga



Uriophela sp. ♀


コクワガタとミヤマクワガタにそれぞれいたUriophela sp. だが、ミヤマクワガタにいた方が若干脚が太くて剛毛が生じる間隔が狭まっている他は同じ形態のように見える。
Uriophela sp. が付着していたコクワガタの背板は、黒く汚損していて少し変形している部分もみられた。ケモノツメダニのように、宿主の皮膚の免疫システムを刺激して、浸潤液を吸汁するという摂食方法なのだと推測する。とすると、コクワガタはとてもカユがっているかも知れない。



*参考文献
Haitlinger R., 1991: Rugoniphela n. gen., Noemiphela n. gen. and Uriophela n. gen. three new genera of canestriniid mites (Acari, Astigmata) from Asia. Redia. 74(2): 533-542.

2016/06/26

カマフリダニ

室内塵でみられるけれど、なぜかほとんどのダニの本で紹介されることがないダニが、今月も大阪市内の食品工場で少しばかりみつかった。



カマフリダニ Aphelacarus acarinus(Berlese、1910)
(カマフリダニ科 Aphelacaridae) 

ササラダニらしからぬ柔らかさ。

黒い胴感毛



柔らかくて白色半透明でコナダニっぽいけれど、黒くて細長い胴感毛(身体の前半背面あたりにある極太の剛毛)がある原始的なササラダニ。全北区に分布して、2亜種が記録されている。日本の種が、どの亜種になるのかは分からない。

本種はゴキブリホイホイの粘着面などに、たまに付着していたり、畳を叩いて得られる粉ゴミに混じっていたりする。
個体数は少ないという印象を受けるが、小さくて目立たないがゆえに、だいぶ見逃している気もするので、市街地だったら本当はとても普通にいるダニかもしれない。

欧州では、乾燥した環境の土壌で見つかり、建物内でも見つかることが知られている。
日本では、スギ人工林での記録があるだけ。


*参考文献

藤川・藤田・青木(1993)日本産ササラダニ類目録

2016/06/25

コクワガタのクワガタナカセの一種

クワガタムシのごく一部から、コウチュウダニ類 Canestriniidae gen. spp. をほんの少し調べてみたけれど、対馬産ツシマヒラタクワガタに寄生している種以外の国内種については、文献を頼って種名までたどり着ける見込みがなさそうだった。

かつて、クワガタを飼育していたときには、クワガタナカセらしきダニをうんざりするほど見ていたはずなのだが、先日Myドイツ箱をあさり、近畿やその近隣県のヒラタやコクワを10数個体ほど調べてみると、どうしたわけかほとんど見つからなかった。
バカにしてあんまり採集していないコクワガタ Macrodorcas recta から、クワガタナカセの一種 Haitlingeria sp. ♂ 1個体みつかっただけだった。
採集したムシをあまり丁寧に掃除した記憶はないけれど、酢酸エチルで絞めたクワガタを簡単に水洗いしただけで、体表のコウチュウダニがほとんど除去されてしまうのかもしれない。

とりあえず確認できたクワガタナカセの一種 Haitlingeria sp. ♂は、三重県四日市市笹川産。やはり、宿主♂の大あご基部にみられた。

ムッチャ下手くそな標本。

胴体後端の突起はツシマヒラタにいる個体群より短い。
けれど♂の特徴というのは変異幅が大きいから、
このあたりを種の違いと考えていいのかどうか微妙。



ツシマヒラタクワガタでみられるHaitlingeria longilobata ♂と比較してみると、三重県産コクワガタでみられたHaitlingeria sp. ♂ は以下の点で違いがあった。

1.ヒトの皮膚の肌理みたいな模様が、胴背中央付近でほとんどみられない。
2.足が太く寸詰まりにみえる。
3.胴体部後端の非常に長い二本の毛は、内側の h2と外側の f2の長さの差がより大きい。

1♂観察しただけで、比較なんて口幅ったいけれど別種のようにみえる。

2016/06/19

ツシマヒラタクワガタにいたクワガタナカセの一種

前回の記事を自分で読み返してみた。

・・・眠くなった。

生態が独特すぎて、共感をもって接しにくいような生き物は、愛でるのが難しい。

コウチュウダニを擬人化して児童文学に仕立てたら、この変な生き物への関心を世間から集めることができるかもしれない。

宿主Aの中胸背板基部にいる母を訪ねて、宿主Bの第4腹板にいる幼虫が旅をするという話はどうだろう?無限に続く暗黒のサブエリトラル・スペース(はねの下)の旅。ひたすら強力でダークな敵とか・・・。・・・・ものすごく眠くなってきた。

リンゼイの『アルクトゥールスへの旅』を劣化させたような奇書になるだけな気もしてきた。


●対馬の比田勝で採集したツシマヒラタクワガタ Serrognathus platymelus castanicolor ♂ の標本から、コウチュウダニを取り出した。大あごの基部に10個体ほどが付着していた。


クワガタナカセの一種 Haitlingeria longilobata と同定した。




H. longilobata♂ 後胴部後端が二股になって突出して、
先端に魚のヒレみたいな剛毛が生じていた。


何のためにこのような形態になっているのか不明。


H. longilobata ♀

H. longilobata ♀ 肛門周辺の剛毛。


H. longilobata の幼虫と考えられる個体。
第1脚の基部後方に、妙な太い毛が生えている。
新体操の棍棒みたいな外観で、幼虫だけにある。
古くから知られているようだが、用途は何なんだろう?