2018/12/17

トゲあるアシもつヤマシログモ

保存液が蒸散して干からびそうになった液浸標本に、アルコールをつぎ足す作業をしていると、見た目がちょっと恐ろしげなクモが入ったビンがでてきた。
1989年に、大阪市内の大きなホテルでネズミ駆除しているときに、室内壁面をはっている個体を採集したもの。
頭胸部が上下に扁平で、脚が長いので、採集当時はイトグモの仲間と思い込んでいた。
かの恐ろしいドクイトグモか?と、大急ぎで調べたが、ドクイトグモではないってことだけはすぐにハッキリしたし、見たことのないクモだけどヤバいものではなさそうなので放置していた。

体の半分しか液に漬かっていなかった標本を、久しぶりにビンから出して調べてみた。胸板をみれば、後端が突き出てなくて、なだらかに円いことから、イトグモ科ではなくヤマシログモの仲間だった。
第1歩脚の腿節に目立つ棘が列になって生えていることと、雄だったので触肢の形状から、Scytodes univittata と判断した。
インドから中東、エジプトやスペイン、南北アメリカ大陸、ハワイと、亜熱帯域を中心に地球上に広く分布している。
日本での記録は知らないけれど、たまたま外国人客とともに、ホテルに入り込んだだけの個体だったのかも。
ヤマシログモの一種の雄

雄の触肢


現在の我社には、大阪市内のビル街の駆除物件がないので、物陰に潜むクモたちの現状について知る機会は残念ながらない。

仕事とは全く関係ないけれど、ヤマシログモ科の捕食シーンは一度撮影してみたいものだと思っている。Scytodesのある種での観察によると、鋏角から送出される糸は毎秒30mという速度で、30ミリ秒だけ対象物に吹き付けられている。しかも、キレイに等間隔にジグザクさせながらである。
ホットドッグにマスタードをジグザグに吹き付けてみたことがある人ならわかると思うけど、フツーの人間には高速でキレイになんてできるわけがない。
小野展嗣編著『日本産クモ類』(2009年)の概論にも、写真が載っていて、ハエの翅にとても美味しそうに調味料(吐糸)が塗られている様子は、ほんとに神がかっている。
1ミリ秒くらいで発射角を変えているということになるけれど、いったいどんな仕掛けになっているのやら。

2018/08/19

ヒラタチャタテにくっついていた謎な前気門ダニ

仕事というものは何でも大変だけれど、小型粘着板や捕虫器に捕獲された虫を、同定して数える作業には、独特な困難が伴う。
数千個体の小型ハエ類や微小甲虫が付着した捕虫紙を、マジメに調べようなんてことは、たいていの害虫駆除会社にとって恐ろしく採算性の低い仕事でしかない。

解決法としては、給料激安でも虫が好きだからヤルよという奇特な人に働いてもらうとか、しかるべき同定手順に従ってパート女性の方々に超高速で数えてもらうという方法などが、ほとんどの会社で実施されていると思う。しかし、価格競争の波は、これらの方法でさえも、経営者にとって頭痛のタネに変えていきつつある。

虫の同定なんて重荷はAIに背負ってもらえれば、大幅な人件費削減になるんとちゃうか?と考えだすのは、まあ当たり前の方向性だろう。
20年ほど前なら光学的パターンマッチングと生物同定の組み合わせなんか、遺憾ながら喜劇的なまでに絶望な結果しか得られない技術だった。
ところが、たゆみなく進化するAI技術を使った害虫計数システムのほうは、着々と昆虫同定作業をする人間を減少させていくからねと、先日、取引先のさるお方が、ウチの無駄に詳しい同定結果表を痛ましげな面持ちで私に突き返しながら、長々とご高説をお聞かせくださった。

昆虫同定AIに課した簡単なテストの結果などをお伺いして、とある実験では90%以上の正解率とかって話だったが、実際のところは赤ちゃんがつかまり立ちしそうかな?って段階じゃねという印象だった。けれど、もうすでに実用段階に入っていて、近い将来にはどこの会社でも使うようになるとも語っておられ、不覚にも面白そうと思ってしまった。やがて成長すれば、きっとワイらの息の根を止めてくるヤツやのにね。

どんな虫も正確に同定することなんて、ヒトにもAIにもホントに期待できるのかってところも考え込んでしまう。

たぶん、高齢化が進む害虫の専門家とか、ムシにあんまり興味がなさそうなパートの女性たちが、実体顕微鏡を覗いて出す捕虫紙の分析よりは、AIのほうがもっともらしい結果を出してくる日は割と近いだろう。

ムシの分類を短期間で多数個体おこなう場合、ある程度エラーを含む結果しか得られないのはヒトも機械も同様だろう。ならば、エラー内容が安定してそうなAIのほうが、ヒトより圧倒的にコスパがよいに決まってる。


とかなんとかいいながらも、ムシやらダニやらの同定作業を続ける日々だが、生き物の世界からは人の世のしがらみとは無関係にナゾが突き付けられてくる。
室内で得られたのに、さっぱり分からなかったダニの写真を貼っておこう。



先月7月のこと、同僚から、変わった様子のヒラタチャタテ Liposcelis bostrychophila が捕獲されているという粘着板(兵庫県の建物内で使用)を受け取った。
みればこのヒラタチャタテ、仰向けになった状態で粘着剤に付着していて、その腹部にダニが乗っており、なおかつそのダニが産み落としたらしき卵まで傍にあった。
驚いたことにヒラタチャタテは、観察時点でまだ生きていた。ってことは捕食ではなく、寄生?

大きさや色合いからシラミダニの仲間やろねぇと知ったような口ぶりで、印象を述べつつ簡易プレパラートにしてみたら、まるで知らないダニだった。




顎体部には中央に周気管らしきものがみえるので、ケダニ亜目(目) Prostigmataだろうくらいしかいえない。雰囲気からはコガタコハリダニ科 Iolinidaeが 近そうに思う。そんな印象を否定するように、触指どないしたん?とか、第I~IV脚の先に変な爪間体らしきものがみえたり、ありえない具合に顎体部が突出したりしているけれど、これらは気にせずに知らんふりしておく。
ヒラタチャタテは普通にいる室内種ではあるが、こんなダニ付きの個体は初めてみた。今回見つかったダニが昆虫寄生性とすると、本来は別の昆虫に寄生しているけれど、たまたまヒラタチャタテにくっついて、卵を産んでいただけかも。

2018/05/02

河原のアナタカラダニ

ジョギングやらウォーキングやらでエネルギーを発散している方々、フラフラしてるとはね飛ばされそうな勢いで錯綜する高速度な自転車、そんな周囲をよそにのどかに進む数台のシニアカー。
これらの河原を愛する人々が、一瞬途切れた瞬間の鴨川。
自分以外に働いている人が見当たらない気さえするGW。


石組みのあたりにはアナタカラダニが多くみられた。
不用意に座ると、服に赤い小さな汚れが付くかもしれないので、岸辺でまったりしたい方々は、新聞紙とかポリ袋とかをおしりの下に敷いたほうがいいだろう。

わりと最近に冠水している感じの砂州には、アナタカラダニがいるだろうか。
いるにしても、そう多くはないだろうと思っていたが、、、、



意外に結構な数がはい回っていた。水をかぶっている間、いったいドコでどう過ごしていたのだろう。

アカバナユウゲショウの花には、まだ全然、アナタカラダニが集まっていなかった。
アナタカラダニが好む、花粉の熟れ時みたいなものがあるのかも。