2023/07/11

昆虫に寄生するヤモリダニ科

室内から見つかるダニ類の中に、以前から気になっている前気門類の不明種がいる。

ここのブログで以前に取り上げたこともあったけれど、思い出せる範囲では過去に遭遇したのは計4回。

最初に見かけたのは東京郊外にある現場作業者御用達の民宿だった。もう40年ほど昔の話だが、害虫駆除業者数名で大阪から東京のとある学会発表を聞きに行った時のことだ。民宿の和室で畳を起こして叩いてみたら、微小な赤いダニが何匹か採れた。大阪に持ち帰り調べてみると、テングダニを丸っこくデフォルメしたみたいな形態で、他の人にも見てもらったが誰も分からなかった。その当時のダニ検査に関わっていた会社の皆さん(私を含め)は、基礎的なダニ分類の勉強を始めたばかりだったし、衛生問題とは無関係そうな前気門類という結論を出すのが精いっぱいだった。

その次は、歩行性昆虫調査用の粘着トラップで捕獲された状態で見つかっていて、食品工場(兵庫県、2018)で1例、小分け業倉庫(兵庫県、2020)で1例。どちらも、ヒラタチャタテの腹面で後脚基節の後方に付着していた状態で確認された。食品工場で発見された個体は、驚いたことに胴体部が膨張して卵を産んでいた。


 
食品工場で得られたヤモリダニの一種:
ヒラタチャタテに付着した状態とダニの透過光観察


最後の4例目は、宿泊施設(大阪、2023)の室内塵から単体で分離された死骸で、この個体をホイヤー氏液に封入したのが、現在のところ手元にある唯一の標本。

標本をゆっくり観察してみると、興味深い特徴が見えてきた。

a. 鋏角の基部に側方にやや突き出ているような構造の周気管がある。
b. 爪に毛が生えている。
c. 数節に分かれた微小な触肢があるが、発達した鋏角が被さっていて背面から見えにくい。

宿泊施設で得られたヤモリダニの一種


これらの特徴から、ずっと気にかかっていた不明種はヤモリダニ科 Pterygosomatidaeと判断した。

属はPimeliaphilus と思う。Pimeliaphilusはいくつかの種が記載されているけれど、それらの種の宿主は、甲虫類、ゴキブリ類、サシガメ類、サシチョウバエ類、サソリ類、ヤモリ類などという奇妙なラインナップで報告されている。

おそらく、Pimeliaphilusは動物の巣に適応していて、動物に寄生、その巣の同居者である昆虫に寄生、という二つの道(どちらが先なのかはともかく)に進化しているのではないかと、このダニの研究者たちは考えているみたい。

昆虫に寄生するヤモリダニ科は世界中に記録があるけれど、日本での昆虫寄生例の記録は見つけられなかった。

別の属になるけれど、トカゲ類専門に寄生するヤモリダニ科には、マダニの体表に産卵するという変な種も報告されている。とにかくヤモリダニ科は、謎めいた生態や、属の扱いや高次分類を含めて分類学的な議論も多く、素敵に難解な科である。

今回紹介したPimeliaphilus sp. と思われる種は、ヒラタチャタテに寄生するようなのだけど、そんな普通にいる室内種に、ダニが寄生してたという観察例が他に見当たらないのも不思議。本命の宿主は、別の何かなのだろうか?とにかく観察例が少ないので、今後知見が増えるのを待つしかないだろう。

そういえば、『ダニ類 ーその分類• 生態• 防除ー』(東京大学出版会,1965年)などでも紹介されているPimeliaphilus podapolipophagusは、チャバネゴキブリなどのゴキブリ類に致命的なダメージを与える天敵で、海外のダニ専門書では普通種ぽく紹介(ヒトも刺すらしい)されてたりするけれど、日本での記録は見つけられなかった。そんな信じがたい寄生?をするダニにも出会える日を夢見ている。

ともあれ、長年の疑問が少し解けてきて、ちょっと嬉しい。チャタテムシの寄生ダニなんかに関心がある人なんて、地球全体でも恐ろしく少人数と思うけれど、このブログを読んで微妙に興味が湧いた方には、ぜひ足元の床なんかを観察してみることをおススメしたい。