2016/07/13

樹液香る井荻村の雑木林

実生活に全く関連のないものを、またしても買ってしまった。
CiNiiのPPVをポチってやっちまったのだ。

岸田久作(1925)の「On a New Canestrinid Mite from Japan.」、
英文でしかもたったの全2頁也・・・( ノД`)・・・を入手。

記載論文に詳しい標本画が付いていたのは収穫だった。
クワガタナカセの和名が、どの時点から使われだしたのだろうという疑問については手がかりなし。
実際に読んでみると、興味深い箇所が種々みつかった。
Coleopterophagus berleseiを採集したのは農事試験場の Mr. Ritsuo Ishibashi で、地域的、年代的に推測すると線虫の研究者である石橋律雄って方のことかもしれない。
1♀のタイプ標本は、記録が「東京市井荻村のvegetable gardenで1923年7月に採集されアルコール保存されたもの」となっている。関東大震災発生の2ヶ月ほど前の採集品だ。
vegetable garden というのは、ただの菜園という意味だろうか?あるいは、現在の井荻駅近くにある井草森公園のあたりは、今川家の御菜園があったらしいので関連があるかも。
なんにせよ、大正12年の井荻村界隈には、まだ薪採りできる雑木林も相当残っていたようで、関東平野で採集可能なクワガタムシ類はすべて生息していたと思われる。

論文の文面から察するに、岸田はクワガタナカセの宿主「a species of Lucanus」の標本を直接見ていない可能性がある。
Lucanusの一種って何だろう?

岸田と石橋の会話を、きわめててきとーに想像してみた。

岸:いかようなクワガタムシであったか?
石:普通のクワガタムシなり。可哀想なのでもう逃がしてやった。
岸:どのフツーなりや。
  ただのクワガタムシ(現コクワガタ)かそれともヒラタ?
  当世虫屋必読の書と謳われておるLewisの「日本産甲虫目録」でも、
  クワガタの種類はエラク増加しておるぞ。
石:えっ?クワガタとヒラタは別種なのか?型とかでもなく?
  此の中そんなにムシの見分けがややこしいのか?
  よく見かけるヤツであったが。マイッタネ。
岸:いにしえにはクワガタもミヤマもノコギリも
  おしなべてLucanusだったこともある。
  日々モーレツに新しい知見が増えておるのだ。
  まあ今回の件ではLucanusとして取りあつかうコトにしやう。

多分こんな感じだったのかもしれない。
とはいえ、さすがにこの時代の虫好きたちの間でも、東京でLucanusというとミヤマクワガタのことだけを指すということが一般的な認識だったと思われる。
おそらく岸田はクワガタムシ科の普通種には詳しかったはずだ。当時昆虫学知識に比肩しうるものなしとウワサも高い江崎某という東大出の青年とも、付き合いがあったらしい。
結局、岸田は宿主確認が困難と判断して、最も適用範囲が広いクワガタムシ科の属名で記録したのだろうと推察する。

大正時代の虫好きだったら、絶対に読んでいるはずの昆虫図鑑に、どんなLucanusが掲載されていたかというと、意外なラインナップだったりする。
例えば、松村松年 著(1907年)「日本千蟲図解. 巻之三」では、Lucanusは括弧付きでしか見つからない。
当時諸外国の最新の研究をどのように取捨選択しているのかが分かり、興味を惹かれる。

往年の虫屋を大興奮させた本には、以下のような「くはがたむし科Platyceridae(Lucanidae)」が載っていた。

くはがたむし Macrodorcus rectus
すじくはがた Macrodorcus striatipennis
おほくはがた Dorcus Hopei
ひらたくはがた Eurytrachelus platymelus
あかあしくはがた Macrodorcus rubrofemoratus
みやまくはがた Platycerus (Lucanus) maculifemoratus
のこぎりくはがた Cladognathus inclinatus
etc. ・・・・・




さて、Coleopterophagus berlesei だが、論文の図を観察してみると、膝節や顎体部などの細部の形状まで丁寧に描いてあり、毛や脚の長さの比率はかなり正確に写しとってあるようにみえた。
やはりColeopterophagusではなく、Haitlingeriaに近いと思う。



Coleopterophagus berlesei 
Kishida(1925)の図より一部分を改写


全体的な形態は、ツシマヒラタクワガタに寄生するHaitlingeria longilobata ♀成虫と似ているが、低倍率でもはっきり見えるはずの胴背面の紋理がまったく描かれてないこと、第1脚ふ節がlongilobataみたいに長くないあたりが異なっていた。

コクワガタ(大阪産)のHaitlingeria sp. とも、脚の長さなどの特徴が異なる。
本土産ヒラタクワガタやオオクワガタに寄生するHaitlingeria spp. とは、まだ比較できていない。

アロタイプの♂については図がないが、信じがたいことに、雌を小さくした形態で肛吸盤を欠くとあり、雌雄間で大して形態差はないように書かれている。

いずれにしても、武蔵野台地あたりでクワガタムシ科に寄生するコウチュウダニ類の追加記録を待ち、C. berlesei  は再検討されるべきだろう。


なんだか、久しぶりにクワガタムシ採集をしたくなってきた。

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